デス・オーバチュア
第53話「雷光の覇王」



銀髪に翠色の瞳の魔王と、僅かに紫がかった白髪に石榴石(ガーネット)の瞳の修道女が対峙していた。
「……少し縮みましたか、ランチェスタ?」
「体まるごと変わってる、あなた程じゃないと思う」
「ふふふっ、それもそうですね……では、言い方を変えましょう。そのままでいいのですか?」
「ええ、この姿で戦ってあげる。丁度良いハンデね」
常に薄暗い魔界の空が、さらに暗くなっていく。
夜が訪れたというより、空が曇っていくといった感じだ。
曇った空に煌めきと轟音が迸っていく。
「雷雲を呼びましたか、本気のようですね……ですが、あなたが得意な天候は私にとっても得意な天候だということを忘れていませんか?」
「勿論忘れたりしてない。あなたは、ネージュに次ぐ、わたしのベストパートナーだもの。疾風迅雷……二人揃った時のわたし達のコンビネーションは魔界最強といっても過言じゃなかったよね」
「お互いのことを知り尽くし、風と雷という近い力の性質、力の質と量も限りなく同等……そんな私達が正面からぶつかればどうなるか……本当に解っているのですか?」
「決着がなかなかつかず、数百年、下手すれば数千年戦い続けるか……一撃で対消滅ってところかしらね」
「それが解っていて、私と本気で戦うと?」
「まあね。でも、その心配なら多分不要よ。わたしの力は全盛期の半分ぐらいしかないから……」
「……なんと? それでは、私があっさりとあなたを滅ぼしてしまうのでは?」
「さあ、それは……どうかしらね?」
閃光と轟音。
雷が十字架に落ちる。
それが戦闘開始の合図だった。



まさに電光石火の早技だった。
落雷が十字架に落ちたと思った瞬間、ランチェスタの姿はすでにセルの懐に移動完了している。
「くっ……」
「百雷撃(ハンドレットサンダーボルト)!」
セルに回避や防御どころか瞬き一つする間も与えずに、雷を纏ったランチェスタはセルの横を駆け抜けた。
次の瞬間、セルの姿が無数の雷の爆発に呑み込まれるように消える。
「まあ、これはほんの挨拶代わりよ」
百雷撃(ハンドレットサンダーボルト)。
すれ違い際に、相手に雷を纏った拳を一瞬で百発叩き込む……光皇に百雷弾(ハンドレットサンダーブレット)を破られた後に生み出した技だ。
雷球を作り出し、操るという手間と時間を、雷を宿らせた拳を使うことで短縮させる。
格闘を得意とするランチェスタならではのアイディアから生まれた技だった。
雷の爆発が晴れる。
一発一発が普通の魔族なら跡形もなく消し飛ばす雷撃を百発も喰らっていながら、セルは無傷で立っていた。
「やはり、幼い羅刹などとは速度の次元が違いますね……久しぶりでしたのであなたの迅さについていけませんでしたよ」
「はっ、よく言う。あの程度の雷、あなたは回避も防御も必要ないじゃない。御自慢のマントで全部あっさりと吸い尽くしちゃってまあ……相変わらずの化け物ぶりね」
ランチェスタはそう言いながら、楽しげに口元を歪める。
セルの強さが、歯応えが、嬉しくて仕方ないといった感じだ。
「あなた相手ではそうも油断していられませんよ。何しろ、あなたは……私の二つ前の体を跡形もなく破壊してくれた張本人ですからね」
セルもまた口元を苦笑で歪める。
「ああ、風魔族だったけ? あの緑の体……」
「あの体はかなりお気に入りだったんですよ……それを遠慮なく……」
「じゃあ、これで、あなたを壊すのは二度目ってわけだ?」
ランチェスタの全身が一際激しい雷光を発したと思った瞬間、セルの視界から再びランチェスタの姿が消えた。
「翠玉突風(エメラルドガスト)!」
「雷撃(サンダーボルト)!」
セルの眼前に出現したランチェスタの雷を纏った右拳と、セルの突きだした翠色の風を纏った左掌が激突する。
二人を中心に、激しく荒れ狂う風と雷が周囲に撒き散らされた。
「それで突風? そよ風の間違えじゃないの?」
「あなたこそ、本当に全盛期の半分の威力もありませんでしたよ、今の雷撃は」
二人は弾けるように後方に飛び、間合いを取り合う。
「翠玉嵐(エメラルドストーム)!」
セルが微かに左手の二本の指をクイッと動かした瞬間、ランチェスタの足下から突然、翠色の竜巻が生まれ、ランチェスタを呑み込んだ。
「降雷(サンダー)!」
雷が翠色の竜巻を切り裂くように天から落ちる。
翠色の竜巻が拡散し消滅すると、全身に雷を纏ったランチェスタが姿を現した。
「じゃあ、次はこっちから行くよ〜っ!」
ランチェスタは雷を両掌の間の空間に集めていく。
収束され、圧縮された雷は一つの形を成していった。
雷でできた巨大な槍。
「雷光神槍(ライトニングスピア)!!!」
ランチェスタは雷光の槍をセルに向かって迷わず撃ちだした。
「翠玉旋風(エメラルドボルテクス)!」
雷光の槍を迎撃するように翠色の螺旋状の風が放たれる。
「甘いっ!」
だが、雷光の槍は翠色の風を物ともせずに、旋風を貫きながら、セルに向かって突き進んでいく。
「つっ!?」
雷光の槍はセルに直撃した。
雷光の大爆発がセルの姿を覆い隠す。
「追撃〜っ!」
ランチェスタは荒れ狂う雷の爆発の中に自ら飛び込んだ。
「雷撃乱打(サンダーボルトラッシュ)!」
ランチェスタは両手の拳に雷を集中させると、セルを地面に押し倒し、その腹部に嵐のように拳を連続で叩き込み続ける。
「ぇ……翠玉暴風(エメラルドサイクロン)!」
爆発するように発生した翠色の暴風がランチェスタを弾き飛ばした。
「我が掌で荒れ狂え!」
宙に舞い上がるランチェスタの後を追うようにセルが跳躍する。
「翠玉終極掌(エメラルドエンド)!」
左掌に掌サイズの翠色の嵐の球を宿らせたまま、ランチェスタの腹部に叩きつけた。
「ぐぅっ!?」
「これが真の翠玉終極掌です」
凄まじい破裂音と共に、ランチェスタの姿が空の彼方に吸い込まれるように消えていく。
「幼い羅刹の時とは圧縮率が違います。あなた相手に手加減する余裕などありませんからね」
嵐の球のサイズこそネツァクに使った時とは比べ物にならない程小さいが、それは威力が弱いのではなく、ネツァクの時の数倍の威力の嵐の球を無理矢理超々圧縮して掌サイズに収めたものだった。
高位魔族だろうと、細胞一つ残さず消し飛ばす風の爆撃。
しかし、その威力を持ってしても、ランチェスタを破壊し尽くせるとはセルは思っていなかった。
「……雷嵐(サンダーストーム)!」
空の彼方からの声と共に、無数の落雷が地上に降り注ぐ。
「やはり、直撃の瞬間、ガードされましたか……」
落雷の雨と共にランチェスタが空から降臨した。
「危ない危ない、あそこまで接近されたらエナジーバリアを張ることもできないからね……とっさにお腹の前面にエナジーと電磁波の薄膜を張るのがやっとだったよ」
ランチェスタは痛そうにお腹をさする。
「さて、やっぱりこのままだと決着がつきそうにないね……」
「そうですね……」
「というわけで、使ったらどう? あなたの奥の手……その『体』の方の能力も……」
「……流石ですね、気づいていたのですか? あなたが力を半分以上失っているようですから、新しい力まで使うのは流石に卑怯かと思って遠慮したのですが……」
「遠慮はいらないよ。わたしも、失った力の代わりを使わせてもらうから」
「代わりですか?」
「そう、代わりだよ」
ランチェスタは左手を天にかざした。
空気を切り裂く音と共に、巨大な飛行物体がランチェスタの左掌に向かって飛来する。
ランチェスタは飛行物体……巨大な白銀の十字架を左掌でがっしりと受け止めた。
「これが今のわたしの相棒、最強の武器……このわたしを数千年間張り付けにしてくれた十字架が、わたしの力の大半を喰らってくれたこの十字架こそが……わたしの失った力の代わりの新たな力となるのよっ!」
「武器? 拳と雷だけの直線的で潔い戦い方を信条としたあなたが?」
「今のわたしはあなたの知ってるランチェスタじゃないのよ!」
ランチェスタは十字架をセルに向かって投げつける。
十字架は手裏剣(東方大陸の飛び道具)のように回転しながら、セルに襲いかかった。
「ぬっ!」
セルは十字架を受け止めるために左手を突きだす。
「……ぐっ!?」
掌で十字架を受け止めた瞬間、凄まじい重圧が、重量感がセルを襲った。
有り得ない重さ。
十字架の見た目から予想される数十……いや、数百倍の重さがセルにのしかかる。
「ペザンテ(重々しく)……」
ランチェスタの呟きに答えるように十字架の負荷が増していった。
「馬鹿な、この十字架はいったい……?」
「フェローチェ(激しく)……」
十字架は突然激しく回転すると、セルの左手を弾いて、上空に舞い上がる。
上空にはいつのまにかランチェスタが待ち構えていた。
ランチェスタは両手で十字架の下部を掴まえる。
「グランディオーソ(壮大に)……堕獄しろ!」
ランチェスタは十字架をハンマーか何かのようにセルの脳天に打ち下ろした。



セルはギリギリで半歩後ろに下がって、巨大なハンマーと化した十字架をかわす。
十字架ののハンマーが大地に激突した瞬間、凄まじい衝撃と轟音が走り、そして大地が十字に裂けた。
「つっ!」
セルは巨大な十字の大地の亀裂に落ちそうになったが、とっさに突風を下に向かって撃ちだして空に逃れる。
「せいっ!」
ランチェスタは空に向かって放り投げた十字架の上に飛び乗った。
ランチェスタは十字架を空飛ぶ乗物にして、上空のセルを追う。
「翠玉双旋風(エメラルドツインボルテクス)!」
セルの突きだした両手からそれぞれ、ドリルのような翠色の螺旋状の風がランチェスタに向かって撃ちだされた。
「甘い! 嘆きのロザリオよ! 魔風を封じよっ!」
ランチェスタは十字架の前面を二つの翠色の旋風に向ける。
十字架に触れた瞬間、旋風が跡形もなく消滅した。
「なっ!?」
「受けよ、断罪の一撃!」
ランチェスタの右拳と十字架の縦の短い方の先端(上部)が重なる。
「雷光衝撃杭(ライトニングインパクト)!!!」
セルのマントと接触した十字架の先端から雷光でできた巨大な杭が打ち出され、セルをマントごと貫いた。











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